Motoaki Takahashi Office
Art & Art Director
Motoaki Takahashi
Art & Art Director、Photographer
born in Kyoto
graduated Tokyo University of arts
~2015 dentsu creative director
atelier
Kyoto
心が追いつくまで
14 June 2019
「以前、こんな話を読んだことを思い出しました。たしかアンデス山脈へ考古学の発掘調査に出かけた探検隊の話です。大きなキャラバンを組んで南アメリカの山岳地帯を旅していると、ある日、荷物を担いでいたシェルパの人びとがストライキを起こします。どうしてもその場所から動こうとしないのです。困り果てた調査隊は、給料を上げるから早く出発してくれとシェルパに頼みました。日当を上げろという要求だと思ったのです。が、それでもかれらは耳を貸さず、まったく動こうとしません。現地の言葉を話せる隊員が、一体どうしたのかとシェルパの代表に尋ねると、彼はこう言ったというのです。
“私たちはここまで早く歩き過ぎてしまい、心を置き去りにして来てしまった。心がこの場所に追いつくまで、私たちはしばらくここで待っているのです。” 」
———————————星野道夫 旅をする木
Memo or Diaries
6月5日水曜日曇り
4時頃目が覚めてiPhoneをしばらく見てしまう。7時半起床。寝起きがとても悪い。
スマホ見たらダメだな、やはり。朽木に行くことや、美術展をどれを見に行くか、京都のこれからをどうするか。週末の渓流行きのことなど思い巡らす。自分の1日を自分で決める。思えば、学校、そして会社と決められたスケジュールに合わせるという人生を送ってきたし、世の中のほとんどの人がそうだろう。そして、そういう学習はひつようなはずだ。教育は大切だし、いい教育を受けてきたと思う。自分の生まれ育ってきた人生は、長い歴史で見るとちっぽけな、高々100年にも満たないものだ。人は自分の生きた時間しか知ることはない。
いまの時間が無為なのか。無為なわけがない。会社生活を終えて、ちがう過ごし方がはじまっただけだ。その為の生活資源を蓄えていた時間だ。自分が死ぬまで生き続けていくのに、拠り所になるのは、自分の基にあるものだ。それは子供の頃から変っていないはず。その周りに沢山の色々なものをくっつけて生きてきた。それを一つずつ、一枚ずつ、丁寧に剥がしている。残るものが自分のコアだ。
経済主義の世の中は、プラスの価値で成り立っていて、うっかりするとどんどん新しい皮がくっついてくる。借り物の皮膜。着膨れして動きが鈍くなり、暑苦しくなるまで気づかない。脱ぐこと。引いていくことをいつも気にしていてちょうどいい。
いまどれくらいハダカに近づいただろう
days
Minimalism
27 May
NetflixでMinimalistというドキュメンタリー番組を見た。どれだけ生活(価値観)をシンプル&コンパクトにできるか。ぼくらは戦後の高度成長期に生まれいまに至る。広告代理店時代は夫婦それぞれで人口の1%という「高給」をとっていた。世の中全体が躁状態で、欲しいものはほぼ(自分のイメージできる範囲だが)手に入った。制作予算は潤沢にあり、関わるスタッフも大勢。企画が通ったあと、現場ではそれぞれのPROFFESONALが実施作業をするのでロケ現場では、ほぼ眺めているだけであった。クライアントも普段行くことのない外国の広大な風景とシステマティックに動いていく現場はおまかせで、まさに公費海外視察旅行の体。そのころから現場で実際にものをつくっているスタッフには、尊敬の念と、ある種の嫉妬があったのは事実である。撮影の待ち時間、合間に写真をとり、スケッチをした。けしてその段階ではMediaに載ることのない自分の手遊び。50代が近づき、会社内ではポストを望むようになる。いや、そこにいるならそうならないと居心地が良くないような気分になる。ほんとうに自分がCREATIVEをめざし、CREATORであることがIDENTITYなら、企業内のバイアスから離れ、ひとりの作家「creator」として生きる道を選ぶことは出来たはずだ。しかし、最早そのころにはお金の価値が自分の中の大半を占めていたのだと思う。Creative Directorという「肩書き」を手に入れたあとはどんどんと優秀な部下に仕事を任せることになり、いわゆる日本の会社的な管理作業と、上司にへつらう自分の上司に辟易とすることになる。55歳で、好条件のretire planもあり、このままでは自分として行きていくことが難しいと会社を出た。そのときにその後の具体的な職業planがあったかと聞かれると、それはNoだ。さほど必要もなく、魅力に欠けるものを売るための惹句と表現をつくることが気持ち悪くなるほどいやになってしまったんだ。消費のために働き、収入と時間を使ってきたことに気づく。どれだけの「高価」なものを手に入れ「消費」してきたんだろう。30数年間のサラリーマン生活のあと、見返してみると、自分の存在にとって必要なものがある程度見えてきた。ある程度というのは、まだこの先、その時の気分で、「これは本当に必要なものだ」と新たなモノを広報に乗っててにいれそうだから。本当に必要なものは、LifeStyleと時間が選別するものだろう。サラリーマンを辞めたので、もうあの価値観にもどることはないだろう。いま手元に残っている、モノと思い出は、幼少期の少しのものと、「社会にでる」前のものである。自分をつくっているのはそこにあると確信している。日本における社会とは「会社」価値である。それは政治も含めてである。
18 April
Weaving the Tones 写真展 4/23-30 ギャラリー大門
11:00~19:00 (最終日は17:00) https://www.gallery-daimon.com/
Galleries & Exhibitions
Here's where you can find my past works
KYO都 photo exhibition
July. 29 - Sep. 29 2015
Coolie's Creek , Shirogane Tokyo
http://cooliescreek.jugem.jp/
Sketch & Photograph Exhibition
Nov. 2014
ART FOR THOUGHT
http://artforthought.jp/
HANA SNAP photo exhibition
.Jan. 20 - Feb. 01 2016
ABG (America Bashi Gallery) ebisu,Tokyo
http://americabashigallery.com/
AUTHENTIC HAWAII photo exhibition
Mar 22-Apr04 2016
Ichibeicho Gallery , Roppongi Tokyo
http://www.ichibeicho.com/
Life,
photo exhibition
May 06-16 2018
ART FOR THOUGHT
Ginza, Tokyo
Weaving the Tones
KG+
April 23-30 2019
gallery Daimon
KYOTO
Graphic
Creative Direction, Art Direction, Design
Heavenly Hana
Creative Director / Photograph / 50pages
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